静岡地方裁判所 平成元年(ワ)569号 判決 1992年8月04日
原告
鎌田みよ子こと李海淑
被告
加藤鉄三
ほか三名
主文
一 被告株式会社日新旅行及び被告増岡達一は、原告に対し、各自金一八三二万七九八八円及びうち金一六六二万七九八八円に対する昭和六一年一〇月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告株式会社日新旅行及び被告増岡達一に対するその余の請求並びに被告加藤鉄三及び被告加藤キク江に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、被告株式会社日新旅行及び被告増岡達一との間に生じた部分はこれを五分し、その一を同被告らの、その余を原告の各負担とし、被告加藤鉄三及び同加藤キク江との間に生じた分は原告の負担とする。
四 右一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告加藤鉄三及び同加藤キク江は、原告に対し、それぞれ金四二八八万一四七七円及びうち金三九三八万一四七七円に対する昭和六一年一〇月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社日新旅行及び同増岡達一は、原告に対し、各自金八五七六万二九五四円及びうち金七八七六万二九五四円に対する昭和六一年一〇月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 請求棄却
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和六一年一〇月二五日午後五時五八分ころ
(二) 場所 磐田市豊田町東名高速道路上り二二六・九キロポスト付近
(三) 関係車両及び当事者
(1) 原告車両 鎌田鉄男(以下「訴外鎌田」という。)運転の普通乗用自動車(浜松五七は四二六七。以下「鎌田車」という。)。原告が同乗していた。
(2) 被告車両 被告増岡達一(以下「被告増岡」という。)運転の普通乗用自動車(名古屋七七も九六一四。以下「被告増岡車」という。)
(3) 被告車両 亡加藤哲也(以下「亡哲也」という。)運転の普通乗用自動車(浜松五七ひ三七七三。以下「加藤車」という。)
(四) 事故の態様
(1) 被告増岡は、増岡車の屋根部分に設置したルーフキヤリーに長さ一・四二メートル、総重量約四二キログラムのグラスフアイバー製ボートを緊縛して積載して走行中、前記事故発生地点において右ボートをルーフキヤリーと共に路上に落下させた。
(2) 亡哲也は、増岡車に後続して追越車線を走行していたが、増岡車が落下させたボートに自車を衝突させ、同車を同車線に横向きに停車させた。
(3) 訴外鎌田は、鎌田車を進路前方に横向きに停車していた加藤車に衝突させた。
2 責任原因
(一) 亡哲也は、加藤車の保有者であり、自己の運行の用に供していたものである。
被告加藤鉄三、同キク江は、亡哲也の両親であり、亡哲也の損害賠償債務を各二の一ずつ相続した。
(二) 被告増岡は、自宅において前記のとおり自車のルーフキヤリーにボートを積載するに際し、ルーフキヤリーの取り付け止め金具部分の腐食していたゴムを取り除き、ゴムに代えてガムテープを貼り付けてこれを設置したが、ガムテープでは滑り易く、止め金部分の螺子が緩み易くなるところ、特に高速道路を走行する場合には、走行中の車両の振動、風圧等により、ルーフキヤリーの固定部分の螺子が緩んで車両からはずれ、積載したボートを路上に落下させるなど不測の事態が発生する恐れがあつたから、そのようなルーフキヤリーの使用を差し控えるべき注意義務があるのにこれを怠り、高速道路を走行しても右ルーフキヤリーは耐えうるものと軽信して、これを同車両の屋根部分に設置して、前記ボートを積載し、同車を名古屋方面から東京方面に向かつて走行を継続した過失が存する。
(三) 被告株式会社日新旅行(以下「被告会社」という。)は、増岡車の保有者であり、自己の運行の用に供していたものである。
3 被告増岡の過失との因果関係
被告増岡が落下させたボートは、全長三・一八メートル、幅一・四二メートル、重量四二キログラムというものであり、そのような重量物が高速道路上にあれば、高速で走行する他車が落下物に衝突し、重大な事故を惹起する可能性があることは、通常人が十分予測できることである。現に、加藤車の他二台が落下したボートに衝突した。加藤車が右ボートに衝突して追越車線を塞ぐように停車したことは正に被告増岡の過失行為によるものであり、日没時間を過ぎて照明施設が設置されていない高速道路上を、当時九〇ないし九五キロメートル毎時で走行していた訴外鎌田としては、落下物があればそれに気を取られても止むを得ないものであり、更に、進路上に加藤車がそれを塞ぐように停止していることまで予見することは困難であり、増岡の過失行為と原告の損害は因果関係が存することは明らかである。
4 原告の受傷と後遺障害
(一) 原告は、鎌田車に同乗中に本件事故に遭遇したことにより、両眼球破裂、外傷性網膜剥離の傷害を受け、聖隷浜松病院において、次のとおり治療を受けた。
(1) 昭和六一年一〇月二五日から昭和六二年三月一二日まで及び同年五月二〇日から昭和六三年八月二四日までの間、合計五四七日入院
(2) 昭和六二年三月一三日から昭和六二年五月一九日まで六八日間に一〇日通院
(二) 原告は、昭和六三年八月二四日、右病院において症状固定の診断を受けたが、右角膜混濁、網膜剥離、左網膜剥離であり、視力は、右眼において光を覚える程度であり、左眼においては光も覚えず、いずれも矯正不可能であり、将来にわたり改善が不可能な障害が残存した。原告の右後遺障害は自賠責保険により後遺障害等級一級一号該当すると認定された。
5 原告の損害
原告は、本件事故により次のとおり損害を受けた。
(一) 入院雑費 六五万六四〇〇円
前記の入院期間五四七日について一日当たり金一二〇〇円が相当である。
(二) 部屋代差額 六五万六四〇〇円
原告は、前記病院に入院中、部屋代差額として一日当たり二五〇〇円を支払つたが、うち金一三〇〇円は労災保険から給付を受けたので、原告は、前記入院期間中一日当たり一二〇〇円を負担した。
(三) 休業損害 三六七万二二三七円
(1) 原告は、昭和三五年七月一五日生まれで、本件事故発生当時満二六歳であつた。
(2) 原告は、本件事故発生当時、株式会社中村組に勤務する傍ら、主婦として日常家事業務に従事していたものであるから、賃金センサス昭和六一年第一巻第一表女子労働者学歴計二五ないし二九歳の所得額である年収二五六万二八〇〇円を得ていたものであるところ、症状固定の日までの六七〇日間休業したから、四七〇万四三一七円の休業損害が発生したが、労災保険から金一〇三万二〇八〇円の給付を受けたから。これを控除すると三六七万二二三七円となる。
(四) 逸失利益 五四六一万一二一七円
原告は、症状固定当時満二八歳であり、今後満六七歳までの三九年間稼働することができたところ、前記後遺障害によりその労働能力を一〇〇パーセント失つたから、前記年収額に新ホフマン係数二一・三〇九二を乗じると、五四六一万一二一七円となる。
(五) 介護料 四一三六万六七〇〇円
原告は、前記後遺障害のため、日常生活も自ら用を足し得ず、終生介護を必要とする状態にある。
昭和六一年簡易生命表によれば、二八歳の女性の平均余命は五三・七九年であるから、一日の介護料を四五〇〇円、原告の余命を五三年として新ホフマン係数二五・五三五を乗じると、四一三六万六七〇〇円となる。
(六) 入・通院慰謝料 四〇〇万円
前記入、通院期間等を勘案すれば、右金額が相当である。
(七) 後遺障害慰謝料 二五〇〇万円
前記後遺障害の程度等を勘案すれば、右金額が相当である。
(八) 損害の填補
以上の原告の損害額の合計は、一億二九九六万二九五四円となるが、原告は、自賠責保険から金五一二〇万円の支払いを受けた。したがつて、残額は七八七六万二九五四円となる。
(九) 弁護士費用 七〇〇万円
原告は、本訴の追行を原告訴訟代理人らに委任し、着手金として一〇〇万円を支払つた他、認容額の約一〇パーセント程度を成功報酬として支払うことを約した。右は本件交通事故と相当因果関係の範囲内の損害である。
よつて、原告は、本件交通事故の損害賠償として、被告加藤鉄三及び同加藤キク江に対し、自賠法三条に基づき、それぞれ四二八八万一四七七円及びうち金三九三八万一四七七円に対する本件事故の日である昭和六二年一〇月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、被告会社及び同増岡に対し、被告会社については自賠法三条、被告増岡については民法七〇九条に基づき、各自八五七六万二九五四円及びうち金七八七六万二九五四円に対する前同日から支払い済みまで年五分の割合による金員の各支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
A 被告加藤鉄三及び同加藤キク江
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実は認める。
3 同4の事実中、原告が両眼を失明したことは認め、その余の事実は不知。
4 同5の事実のうち(八)の事実は認めるが、その余の事実はいずれも不知。なお、介護料は、原告は両眼を失明しているが、失明者が常に介護を要するとは限らない。原告の場合、未だ十分な訓練や経験を積んでいないため、現段階ではある程度介護の必要性が存するが、既に、屋内を移動すること、自用を足すこと、食事をとること等必要最小限度の日常生活動作は自力で可能であり、いわゆる植物人間といわれる状態の者や寝たきりの障害者の場合とは異なるというべきである。
B 被告会社及び同増岡
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(二)、(三)の事実はいずれも認める。
3 同3の主張は争う。以下に述べる事情を考慮すれば原告の損害の発生と被告増岡の過失との因果関係のある損害は急制動に伴う傷害の限度では存するが、その余の原告の損害と被告増岡の過失との間には因果関係は存しない。すなわち、
(一) 被告増岡が前記のとおりボート及びルーフキヤリーを落下させた後、普通乗用自動車を運転して同所にさしかかつた訴外堀越正歩(以下「訴外堀越」といい、同人運転車両を以下「堀越車」という。)は、右ボート等の落下場所付近で自車前部をボートに衝突させ、その後、同所にさしかかつた亡哲也は自車前部を右ボートに衝突させ、追越車線を塞ぐようにして停止したが、加藤車に追従してきた訴外鍋島晃(以下「訴外鍋島」という。)運転の普通乗用自動車(以下「鍋島車」という。)は、自車前部を右ボートに衝突させたが、加藤車との衝突を回避した。その後、訴外鎌田が加藤車に衝突した。
(二) 原告がその主張する傷害を負つたとすれば、それは訴外鎌田の過失によるものというべきである。
すなわち、訴外鎌田車の加藤車への衝突までには、被告増岡がボート等を落下させてから少なくとも一分を経過しており、その間に二一台の、追越車線でも一〇・五台の車両が通行していること、また、訴外鎌田は、約二五〇メートル先を先行する大型トラツクを見るだけの前方を見通せる状態にあり、衝突地点の八四・三メートル手前において落下物の存在に気付いていたのに、同地点は勿論その前の衝突地点の手前九八・五メートル手前において加藤車を発見し、同車との衝突を回避することが可能であつたにもかかわらず、路上の落下物に気をとられ、前方注視を怠つたために加藤車と衝突したものであるから、鎌田車の加藤車への衝突は被告増岡のボート等落下事故とは別事故というべきである。
4 同4の事実は不知。
5 同5の事実中、同(八)の自賠責保険からの支払額は認めるが、その余の事実額はいずれも不知。
三 抗弁
1 亡哲也の免責
(一) 次の事情によれば、亡哲也には過失がない。
(1) 本件事故当日の日没時間は午後五時〇四分であつたため、亡哲也、訴外鎌田はいずれも前照灯を点灯していたが、増岡車から落下したボートは、厚みがなく板切れのように見えたのであり、事故後の検分によつてもこれを発見可能な距離は、前照灯下向きの状態で前方二六・五メートルであり、前照灯上向きの状態で前方四一・八メートルであり、それを前提にしても、亡哲也が時速一〇〇キロメートルで走行していたとすれば、時間にして前照灯下向きの状態では約〇・九秒、前照灯上向きの状態では約一・五秒であり、亡哲也が前照灯を上向きの状態にしていたとしてもボートとの衝突は不可避であつた。そのため、亡哲也は加藤車右前部を右ボートに接触させ、そのためハンドルを取られて横向きになり、急制動の措置を講ずるしかない状態のときに鎌田車に衝突されたのである。亡哲也としては、後続車に対し停車の事実を三角表示板などにより表示措置を講ずることは全く不可能であつた。
(2) 一方、訴外鎌田は、前記二B3(二)記載のとおりの状況から、また、鍋島車の制動灯が点灯したのを見て危険を予知して、加藤車との衝突を避けることができたにもかかわらず、落下物に気を取られ、前方注視を怠つたため、衝突地点から一五・五メートル手前に至つて初めて加藤車に気付き、急制動をかけたが間に合わず、加藤車に衝突した。
(3) したがつて、鎌田車の加藤車への衝突は専ら訴外鎌田の過失によるものである。
(二) 加藤車には、構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつた。
(三) 仮に、亡哲也に過失が存したとしても、訴外鎌田には前記のとおり過失が存するから過失相殺がされるべきである。
3 損益相殺
原告は、その自認する自賠責保険による填補の他、労災保険から次のとおり合計八六五万二〇四三円の給付を受けた。
(一) 休業補償給付金 一四一万二九九二円
(二) 休業特別支給金 四七万〇七七六円
(三) 障害特別支給金 三四二万円
(四) 障害年金 三三四万八二七五円
四 抗弁に対する認否
1 亡哲也に過失がなかつたとの主張は争う。
(一) 亡哲也には、次のとおりボートへの衝突を回避することも、ボートに衝突後に車線上に横向き停車することを回避することも可能であつた。
(1) 亡哲也は、事故直前には一〇〇キロメートル毎時を明らかに超える速度で走行していたが、前記堀越車及び鍋島車はいずれもボートと衝突しているが、それらの各五〇メートル位前方を走つていた車両はボートとの衝突を回避しており、したがつて、加藤車も一〇〇キロメートル毎時以下の速度で、前方注視を十分にして車間距離を十分とつていれば、ボートとの衝突を回避する可能性は十分あつた。
(2) また、いずれも約一〇〇キロメートル毎時の速度で走行していた堀越車も鍋島車もボートと衝突しながら、追越車線上に横向きに停止せず、後続車に危険を及ぼすこともなかつたのであるから、亡哲也も同程度の速度で進行していれば、ボートと衝突した後も横向きに停車することを回避する可能性は十分あつた。
(二) 同(二)の事実は不知。
(三) 同(三)の主張は争う。高速道路・自動車専用道路における交通事故においては、過失相殺について一般道における交通事故とは異なつた取り扱いがされるべきである。すなわち、それら道路では、自動車の円滑な運行の確保がされなければならないから、それを阻害する行為については過失が大といえること、駐・停車が原則的に禁止されているから、その違反行為については相当程度の義務違反があると評価できること、更に、次々と高速で到来する後続車両への安全配慮が重視されるべきであり、したがつて、一次事故を発生させて交通を阻害した過失は、後続車両との関係においても過失相殺の対象となるというべきである。それを前提とすると、訴外鎌田の過失割合は二であり、亡哲也及び被告増岡の過失割合はいずれも八と解するのが相当である。
2 同3の事実は認める。しかし、休業特別支給金及び障害特別支給金は損益相殺の対象とはならないと解すべきである。
第三証拠
本件記録中の証拠目録記載のとおり
理由
一 請求原因1(交通事故の発生)、2(責任原因)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いがない事実及び成立に争いのない甲第三ないし一六号証、第一八ないし三四号証、証人鎌田鉄男、同堀越正歩、同鍋島晃の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
1 本件事故現場は、東名高速道路上り線の東京起点二二六・九キロポスト付近で、道路の幅員構成は、進行方向左側から路肩三・〇メートル、走行車線三・五メートル、追越車線三・七メートル、側帯〇・八メートルで区分されたアスフアルト舗装道路であり、浜松インターチエンジ方面から袋井インターチエンジ方面に向かつて半径四八〇〇メートルの左カーブで〇・三〇パーセントの上り坂となつているが、ほぼ直線で平坦な道路であり、見通しは三〇〇メートル前方まで可能である。
2 被告増岡は、前示のとおり普通乗用自動車上にルーフキヤリーを設置し、それに全長三・一八メートル、全幅一・四二メートル、最深部〇・四二メートル、重量四二キログラムのグラスフアイバー製のボート及びそのオール等を積載して、前記日時ころ、右場所付近に差しかかつた際、前記のとおりルーフキヤリーの設置方法が適切ではなかつたため、ルーフキヤリーと共に右ボート等を追越車線上の路上に転落させた。それに気付いた被告増岡は、約五〇〇メートル先の路肩部分に自車を停車させ、ボート等の回収をしようとしたが、鎌田車が加藤車に衝突するまでの間は何らその措置をとることができなかつた。
3 訴外堀越は、走行車線上を走行してきたが、先行する大型トラツクを追い越すために、追越車線を進行してくる車両一台を先行させた後同車線に移り、先行車両と約五〇メートルの車間距離で、約一〇〇キロメートル毎時の速度で進行していたところ、事故現場付近に差しかかつた際、先行車両が突然走行車線に進路変更した後再び追越車線に戻つた直後に、自車直前に右ボート等を発見したが、避けることができずに自車右前部をボートに衝突させ、ボート等の破片を飛び散らせた。訴外堀越は、その後、一〇〇メートル先の路肩付近に停車した。
4 訴外鍋島は、走行車線を走行中に加藤車に追い抜かれたが、自車に先行する大型トラツクを追い越すために追越車線に移り、約一〇〇ないし一一〇キロメートル毎時の速度で、加藤車との車間距離約五〇メートルで同車に追従して進行した。加藤車は、事故現場付近で自車直前にボートを発見して急遽走行車線方向へ進路変更しようとしたが、ボートに自車右前タイヤ及び右前部を接触させ、スピンをして追越車線を塞ぐように横向きになつて数十メートル先に停車した。訴外鍋島は、加藤車が進路変更をした直後に自車直前にボートを発見したが、避けきれずに自車右前部及び右側後部をボートに衝突させた。訴外鍋島は、その後、加藤車の左側を通り抜けてその前方に出て、約一〇〇メートル先の堀越車の前方に自車を停車させたが、鍋島車が加藤車の左側を通り抜けた直後ころに加藤車に鎌田車が衝突した。なお、訴外堀越がボートに自車を衝突させてから鎌田車が加藤車に衝突するまでの時間は一分程度であつた。
5 訴外鎌田は、追越車線を毎時約一〇〇キロメートル毎時の速度で進行していたが、前方走行車線を進行する大型トラツク以外には付近を走行する車両はなく、衝突地点手前約八四・三メートル手前において約二七・三メートル先にボート等の破片が散乱していることに気付いたが、板きれ様のものであつたことから、急制動をかけるよりそれに乗り越えていつた方が安全であると考え、路上の落下物にハンドルを取られないよう、落下物に気を取られながら、九〇ないし九五キロメートル毎時の速度に減速して進行したところ、衝突地点手前約一五・五メートルに至つて初めて追越車線上に横向きに停車している加藤車を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、自車前部を加藤車の左側後部付近に衝突させた。なお、訴外鎌田は、衝突地点手前約九八・五メートルの地点において加藤車を発見することも可能であつた。
三 請求原因3(被告増岡の過失との因果関係)について判断する。
前記認定した事実によれば、被告増岡は、高速道路において後続車の進路を塞ぐに十分な大きさのボートを落下させたものであつて、それは路上にそのような妨害物が路上に存するということを予測できないままに高速で次々と進行してくる後続車がそれに衝突しあるいはそれを避けようとして運転操作を誤り、後続車間の衝突を含む事故を惹起することは容易に予見しうる極めて危険な状態であり、ボート自体が除去されるか、あるいは後続車にその危険を知らせるなどして、後続車がその危険を十分に避けることができるような状態を作出されていない以上、増岡の前示ボート等を落下させた行為と本件事故による原告の損害との間には相当因果関係が存するというべきである。なお、訴外鍋島が加藤車との衝突を避けているが、証人鍋島晃の証言によれば、それは加藤車の異常な挙動を直接視認していたために直ちに対応ができたためであることが認められるから、そのことをもつて鎌田車の加藤車への衝突が専ら訴外鎌田の過失によるものということはできない。
四 そこで、亡哲也の免責の抗弁について判断する。
前記認定した事実によれば、亡哲也が衝突したのは、ボート本体であつて、その破片の散乱物ではない。したがつて、被告加藤らの、亡哲也が発見したのが板きれ様のものであつたから、亡哲也がそれとの衝突を回避可能な時期にそれらを発見することは不可能であつたとする主張はその前提を欠き失当である。また、亡哲也がボートと接触したためにハンドルを取られて車体が横向きになつたので、停止するほかなかつたとの事実を認めるに足りる証拠はない。加藤車がいかなる理由で横向きに停車したのか明確な理由は不明であるが、堀越車及び鍋島車はボートと衝突しているが、同様な状況には立ち到つていないこと、加藤車がボートと衝突後数十メートルで停止していることなどに照らすと、亡哲也がボートを発見し、急制動をかけると共に左に急転把したことにより運転の自由を失つたために生じた可能性も否定できない。そしてそのような運転操作が進路上にボートが落下しているという予想できない事態に対しての咄嗟の判断によるものであるとしても、右の訴外堀越及び訴外鍋島の運転操作をも考慮すると、亡哲也に過失が存しなかつたとまでは断定できないというべきである。したがつて、被告加藤らの右抗弁は採用しない。
五 請求原因4(原告の受傷と後遺障害)について判断する。
成立に争いのない甲第三四ないし三八号証及び原告本人尋問の結果によれば、請求原因4の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
六 そこで、請求原因5(原告の損害)について判断する。
1 入院雑費 六五万六四〇〇円
一日当たり一二〇〇円が相当であると認められ、原告の入院期間は五四七日間であるから、その総額は六五万六四〇〇円となる。
2 部屋代差額 一三六万七五〇〇円
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、一日当たり二五〇〇円を要したこと及びそのその病室利用が治療上必要であつたことが認められる。したがつて、原告の入院期間中に一三六万七五〇〇円を要したことになる(なお、原告はそのうち七一万一一〇〇円は労災保険により給付を受けた旨自認しているところであるが、その点は後に検討する。)。
3 休業損害 四七〇万四三七一円
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時満二六歳で、株式会社中村組に勤務すると共に主婦として日常家事業務を行つていたところ、症状固定日である昭和六三年八月二四日までの六四〇日間を休業したこと、その収入は賃金センサス昭和六一年第一巻第一表、女子労働者学歴計二五~二九歳の所得である年間二五六万二八〇〇円を得ていたものと認めるのが相当である(なお、原告はそのうち一〇三万二〇八〇円は労災保険により給付を受けた旨自認しているところであるが、その点は後に検討する。)。
4 逸失利益 四三六一万一一六七円
原告は、前示の後遺障害によりその労働能力を一〇〇パーセント喪失したが、原告は、前記収入を得ていたところ、満六七歳まで労働可能であり、労働能力喪失期間は三九年となるので、ライプニツツ方式(係数一七・〇一七〇)によれば、その逸失利益は四三六一万一一六七円となる。
5 介護料 三〇三七万五四〇九円
原告は、前示の後遺障害により、日常生活において終生介護を要する状態になつたことが認められる。ところで、両眼失明による介護の必要性は、いわゆる植物人間の状態に陥つた場合等のように全ての生活場面において介護を必要とする状態とは異なり、訓練あるいは経験により日常生活においては介護を要しない部分も存するものと解され、原告本人尋問の結果によれば、原告は現在においても自宅内における入浴、用便は一応介護なしで行えるようになつていることが認められるが、原告は満二六歳にして失明したものであつて、その教育を受けるにしても困難な面は否定し難いこと、また、両眼失明者は外出を含む通常の社会生活を営めるのであつて、その観点からすればいわゆる植物人間の状態に陥つた場合等より介護を要する範囲が広いことなどを考慮すると、介護料を常時介護に比して制限的に解する必要はないものと解すべきである。したがつて、原告の症状固定日における平均余命は五三・七九年であり、一日当たりの介護料は四五〇〇円が相当であるから、ライプニツツ方式(五三年の係数一八・四九三四)により算出すると三〇三七万五四〇九円となる。
6 入・通院慰謝料 四〇〇万円
原告の入通院の期間等を総合勘案すれば、四〇〇万円と認めるのが相当である。
7 後遺障害慰謝料 二〇〇〇万円
原告の後遺障害の症状及び程度、その治療経過、事故の態様、原告の生活状況等を総合勘案すれば、二〇〇〇万円が相当である。
8 過失相殺
(一) 亡哲也との過失割合
前示の本件事故の状況に照らすと、亡哲也には、より早期にボートを発見することができた可能性やボート発見後の運転操作を誤つた可能性も存するが、他方、訴外鎌田には、路上の散乱物を発見後も進路上における何らかの事故の発生を全く予想することなく、その散乱物上を通過することに気を取られ、前方注視が不十分のまま、十分な減速をしないままに九〇ないし九五キロメートル毎時という高速度で進行した過失により、加藤車の発見が遅れたというべきであり、亡哲也の過失割合は原告に最も有利に考えても五割を超えることはないというべきである。
(二) 被告増岡との過失割合
前示の被告増岡の過失は、高速道路上を通行する者として極めて重く、他方、訴外鎌田の過失も右のとおりであつて、軽視できないところであるが、本件事故当時の道路状況、交通状況等を総合勘案すれば、被告増岡の過失がより重いというべきであり、被告増岡と訴外鎌田との過失割合は七対三と認めるのが相当である。
以上によれば、過失相殺前の原告の損害額の合計は一億〇四七一万四七九三円であるから、右各過失割合により過失相殺すると、原告の損害額は、被告加藤鉄三及び同加藤きく江に対する関係において合計五二三五万七三九六円となり、被告増岡及び被告会社に対する関係で七三三〇万〇三五五円となる。
9 損益相殺
原告が自賠責保険から、五一二〇万円の支払いを受けたこと、労災保険から、部屋代差額として七一万一一〇〇円の給付を受けたことを自認するところであり、その他原告が、労災保険から、休業補償給付として一四一万二九九二円(なお、原告は、休業損害の主張において、休業補償として一〇三万二〇八〇円の労災保険給付を受けたことを自認しているが、これは右の補償給付額に含まれているものと解される。)障害年金として三三四万八二七五円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。なお、原告が給付を受けた休業特別支給金及び障害特別支給金は、労働者災害補償保険法一二条の八に規定する保険給付ではなく、同法二三条の規定に基づく労働福祉事業の一環として給付されるものであつて、災害による損害の填補を目的とするものではないと解するのが相当であるから、これを損益相殺の対象として損害から控除すべきではない。
以上によれば、原告は合計五六六七万二三六七円の支払いを受けたことになるから、被告加藤鉄三及び同加藤キク江に対する関係では既にそれを上回る支払をうけていることになり、被告増岡及び被告会社との関係では、一六六二万七九八八円がなお請求しうることになる。
10 弁護士費用 一七〇万円
被告増岡及び被告会社に対する本件訴訟の弁護士費用は、前記認容額等の諸般の事情を考慮すれば、一七〇万円が相当であると認められる。
七 以上のとおりであるから、原告の被告会社及び被告増岡に対する請求は各自金一八三二万七九八八円及びうち金一六六二万七九八八円に対する昭和六一年一〇月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度であるからこれを認容し、同被告らに対するその余の請求並びに被告加藤鉄三及び加藤キク江に対する請求はいずれも理由がないから棄却する。
訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条各適用。
(裁判官 吉原耕平)